「罪を憎んで人を憎まず」という論理が世間一般に通りにくくなってる現状で、人格と行為を分離して考えられる人はいるのだろうか?と思う。行為の批判は、本当に人格の批判ではないのか?原因と結果が密接に関連しているように、人格と行為も密接に関連している。しかしながら、原因が「運が悪い」と言う理由で結果が出るときもある。だから、この場合は原因は不確定になる。密接に関連しているように見えて、実はそれほど密接ではない。だから、文章をゆるくかけば、行為の批判に見せかけて人格を否定することも可能だし、また受けて側も行為の批判を人格の批判と捉える傾向が高くなるのは仕方がないだろう。
僕の考えだと、人に理解されないなら、自分自身は人を理解できるような人になろうと考えるが、人に理解されない人たちすべてがそう考えてるわけではない。
■[コミュニケーション]キモイって言われて傷つきましたって泣くのって、自ら「オタク」を否定してなくね?
否定してません。誰が間違ってるといっても、僕は否定してないと思います。
追加 2009/11/29
[批評もどき]「キモい」についてみんなもっと真剣に考えるべきだと思う。 (風が吹けば本屋が儲かる)
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Posted: 2009/11/25 | Filed under: 動画 | Tags: ntv, こころ
青い文学シリーズ
http://www.ntv.co.jp/bungaku/
知人が見てると言ってたので見てみたけど、なんか原作とかなり違う気がするんだけど気のせいかな?と思いつつ。確かにものを表現するときに現物に忠実に再現する方法もあるし、デフォルメや新解釈をいれたりするとは思う。青い文学シリーズは後者の要素が強いような。人間失格の主人公の苦悩とかこころの先生の苦悩とかがぜんぜん表現できてないと思う。原作知らなきゃ、いい感じにできてると思う。
・人間失格→原作となんかちがうような
・桜の森の満開の下→原作知らない
・こころ →あきらかに原作と違うような
2009/11/25現在、以下未放送
走れメロス
蜘蛛の糸
地獄変
桜の森の満開の下の1シーン。
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みんな嘘つきだ。俺のことに関心があるなどといっても、それは相手が一方的に俺をウォッチしているだけのことで、別に俺自身のことなどどうでもよいのだ。俺が如何に精神的窮地に陥ろうとも誰も俺を助けない。この社会にいる全員が俺を助けない。
みんな死ねばいい。この世など終わればいい。そうすれば千年の国がやってくるのだから。そうしないと、私は救われない。地上に、有限の他者に、救いなど決してありはしない。
http://d.hatena.ne.jp/scinfaxi/20090317
私は、人は人を救えるだけの力を持ち得ないと思ってるので、あまり誰かに助けてもらえなくても、それが当たり前だと思うことにしている。
実際問題、人を救いたいと思っても、なかなか難しく、結局は何もできずに終わることも多い。でも、何もできずに終わることがわかっていても、人は手を差し伸べてくれるとは思う。
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そもそも、あなたがうまくいっていないのは「なぜ」か、真剣に問うてみたことがありますか。本当に問題なのは、いったい何なのでしょう。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51111919.html
今も決して忘れない言葉がある。「何かを人にしてもらったら、4回はお礼を言いなさい」という言葉だ。たとえば、食事をごちそうになったら、食べ終わったあとに「こちそうざま」、翌日に「昨日はごちそうさま」、そして、次の週になったら、「先週はごちそうさま」、そして、次の月になったら「先月はごちそうさま」と4回お礼を言いなさいと。
学校の勉強だけではメシは食えない!―世界一の職人が教える「世渡り力」「仕事」「成功」の発想のまえがきより引用
たまたま見つけた本なのですが、お勧めです。中高生から大人まで読めるないようになっています。これぐらいの内容なら、弾言を叩き潰せるのではないかと(^^; いや、別に叩き潰す必要ないけどなんとなくね。
一応、本の内容にあくがあるので、作者がトンデモな人かなとGoogleで調べてみたけど、NHKとかにも出てるみたいなので、大丈夫かなと判断しました。
人生哲学は人それぞれ違うものだし、またそれぞれ各自が自分自身で作り上げていくものであるから、この本の内容を受け入れても受け入れなくてもそれはそれでよいかなと思います。逆に盲目的に信じて実行するほうが私の価値観では怖いです。
確かに学校の勉強だけではメシは食べれないというのには同意です。というか、私の場合、学校の勉強が役に立ってないんですけどね。でも、勉強したことが無駄だったかというとそうでもないとは思います。
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なぜ、彼らは努力を恐れるのか?その要因は多岐にわたるだろうが、一言に集約するなら、
努力して自分が満足するような成果が得られなければ、高いプライドが傷ついて、自分自身が無価値であるかのように感じられて落胆するから。
という表現にまとめられるだろう。
「努力を恐れる男達」。(シロクマの屑籠(汎適所属))
なぜ、彼らは「努力をしない人々」を恐れるのか?その要因は多岐にわたるだろうが、一言に集約するなら、
努力しても「努力しない人々」より成果が得られなければ、高いプライドが傷ついて、自分自身が無価値であるかのように感じられて落胆するから。
という表現にまとめられるだろう。
正直なところ、前向きにがんばれがんばれ人々をみてるとうんざりする。
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今、予備校で働かせてもらっている(講師ではない)。
自分より年上の生徒もいて驚き。28歳で浪人生の人がいる。
その人は医学部志望でも美大志望でもなくて私大文系コースにいる。
職員の人に聞いてみると一度社会に出た人が再度ってわけでもなくて
18の頃からずっと通っているらしい。
5年目の時に全部落ちたけど予備校に再入学しなかったことがあって
諦めたのかと思ってたら1年後、また通いだしたりして
職員の間ではその人の話題で持ちきりだったとか。
様子を見ていると受験のやる気はないように思われる。
授業にはちゃんと出るけども自習室を活用したりせずに速攻で帰る。
家で勉強しているかどうかは定かではない。
偏差値は60に行くかどうかってところで、マーチをしらみつぶしに受けたら
どこか引っかかりそうなものだけどずっと早慶しか受けてこなかったとか。
この人の人生が心配です。今さら職に就こうにもまともなところは無理だろうし
合格したとして、学生生活も満喫できないだろうし就職もどうなんだろう。
この人を見てるとなんだか頑張ろうって気になります。まだ1年だけど今から就職の対策始めたりしています。
28歳で浪人生。どうするの? (匿名ダイアリー)
老後のために生きてるの?
就職のために生きてるの?
逆に心配だよ。
人生を謳歌しないとだめだよ
未来は確定していない。確定しているように思うのは錯覚なんだよ。
28歳の浪人生も、学生生活を楽しく過ごす可能性もあるし、就職ももちろんできるよ。ちゃんとみててごらん、結構こういう人のほうが人生を楽しんでるんだよね。
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人をうらやましがっても自分は変わらないし、嫉妬しても自分がよくなるわけじゃない。
人は人。自分は自分。
人には人のよいところがある。
自分には自分のよいところがある。
それを認めるのが大事じゃないかな。
人には人のよさがあって、自分には自分のよさがあるんだってことを認めたら、すごく楽になると思う。
人をうらやましがっても自分は変わらないし、嫉妬しても自分がよくなるわけじゃない。(かみんぐあうとっ )
人をみて嫉妬する人は、嫉妬するのは変えれなくても、「爽やかに」嫉妬してはどうかなと思う。嫉妬する方向を少しずらすだけで、周りにとってもあなたにとってもよい方向に向くようになると思う。また、周りに居ないだろうか?爽やかに嫉妬する人が。あの人がいうと、さっぱりとしてすがすがしいと感じさせてくれる嫉妬だ。そういう人がいれば、真似しましょう。
人と比べることをやめることで一時的には気持ちが軽くなるかもしれないが、一生、人と比べないで生きていくのは多分不可能だろうと思う。なぜ不可能かというと、あなたの存在自体が他者との係わり合いによって絶対化されているからだ。この状態で、他者との係わり合いをとってしまったら、あなたの存在自体が揺らいでしまって、かえって精神的に不安定になることも考えられます。
次に考えられるのは、嫉妬という負の感情も自分自身の一部だと認めて、自分自身で受け入れてあげることが大事だと思う。ここで、負の感情だから消そうとか拒絶しようとかすると、あなたの自我が不安定になると思う。
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所詮、
人間なんて宇宙の外側すら理解出来ないんだ。
とりあえず、
学校でイジメにあったからって、
死ぬなんて考えるな。
人類なんて、ミジンコと何も変わらないんだから。
何が起こっても、
小さい小さい。
結局、本質は見つからない。(エンドケイプ・ほぼオンライン)
本質が見つからなければ、作ってしまえとは思う。
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Posted: 2009/01/20 | Filed under: はてな | Tags: こころ
あなたは学生です。
講義開始時刻から15分経っても、教師が来ません。
そろそろみんなざわつきはじめた頃。
教師がやってきました。
開口一番「こらっ!」と一喝!ギロリとにらみつけました。
すぐに講義が始まりましたが、あなたは納得がいきません。
自分は何も睨みつけられるようなことはしていません。おとなしく待っていたし、遅れてきたのは向こうのはず。
それなのに怒鳴るとはどういうこと?
講義の間中、もやもやとした気持ちでいました。
さて、
なぜ教師はあなたを怒鳴りつけたのでしょう?
(考える時間 30秒)
reponの日記 ないわ~ 404 NotFound(暫定)
先生が居なくても授業中は静かにしましょうという意味で、「こらっ!」といっただけじゃないのかなと思いますけどね。それにいまどきの学生で、この程度で先手が取れるのなら、教育現場の先生たちは困らないと思いますけどね。
「こらっ!」といって一喝してギロリとにらみつけただけで、怒鳴りつけたという解釈もどうかなと思います。
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契約の問題じゃなくて、倫理の問題だと思うのですがね。
今回のオフ巡りで聞いた話を早速。ある方が今年の4月からお勤めをはじめる。で、その研修のときにグループディスカッションがあり、こんな話が出たそうだ。
ある夫婦、その妻に思いを寄せる男性、この3人とは何の関係もない男性、おじいさん。この5人が乗っていた船が難破し、無人島に流された。
その過程で、夫婦の夫は行方不明となり、島に流れ着いたのは4人だった。この時点で夫の安否はわからない。
夫の安否を確かめるには、船を出して捜索するしかないが、妻には船をつくる能力や、直す力はない。船をつくり、直すことができるのは、夫婦とは縁もゆかりもない男性ただひとりだった。
妻はその男性に頼んだ。「船を直してください。夫を探したいのです」と。
男性は直すと言った。だが、条件をつけた。その条件とは妻と一夜限りの関係を持つこと。
妻は悩み、おじいさんに相談した。おじいさんは「気持ちのままに行動しなさい」と。
妻は結局、その男性と関係を持った。男性は約束を守り、船を直した。
そして船が直り、これからまさに夫を探すというときに、夫が無人島に自力でたどり着いた。
妻は夫に、捜索するため、船を直すために男性と関係を持ってしまったことを告白した。
夫はそんな妻を許さなかった。不貞であると。
夫婦は破局した。
ひとりになった妻の様子を見て、思いを寄せていた男が言った。「あなたが好きです」。
悪いのは誰? – ある無人島漂流の物語(タケルンバ卿日記)
夫
夫はそんな妻を許さなかった。不貞であると。
極限の状態で、他人のために自分自身を犠牲した妻を許せないというのはNG
妻
妻は夫に、捜索するため、船を直すために男性と関係を持ってしまったことを告白した。
告白する必要がないのに、告白するのはNG
船を直した男
いくら好きでも人の弱みを握って何かを強要するのはNG
妻に思いを寄せていた男
人が落ち込んで悲しんでるときに、好きというのはNG
おじいさん
問題ない?悪いとするなら、どうすればよかったのでしょうか?居ても居なくても同じなら悪くないのでは?
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